違国日記にあふれる明るくない“希望”

本の話
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ヤマシタトモコさんの漫画です。
私はこの人の考え方や、出てくるキャラのもつ哲学や信念が、すごく好きなことが多い。

違国日記はとりわけ、出てくる人たちがもれなく好ましい。
突然両親を事故で亡くし、親戚中をたらいまわしにされそうな15歳の姪を勢いで引きとる…というハードなあらすじからは、
ちょっと想像しづらい、落ち着いた気持ちでページをめくれる。
あと、おいしそうなものが沢山出てくる!

15歳の姪である「朝」は、すごく心配になるし、幸せになってほしい…!と思う。
引き取った側の主人公である「慎生」の、葛藤にもどかしくなったり、共感も沢山する。

そもそもの前提として、「慎生」は、
「朝」の母親である自分の姉の死を悲しめていない。
傷つけられてきたのだろうな…という描写が所々にある。
けれど、「朝」がひどい目に合うことを良しとは思えず、勢いで引き取ってしまうような人で、
かといって、姉のことと完全に分けることも出来ない。
まだ既刊は2巻だけど、そのことは心のどこかで、常に葛藤しているように見える。

「朝」とひとしく、幸せになってほしいし、
どうか楽しく日々を過ごしてくれ…とすごく思う。

そんな「慎生」の、
ここまで生きてくる上で、獲得したであろう言葉、ひとつひとつがすごい。
1巻は、丸ごと名言集では?と思うレベルです。

この違国日記の根っこにあるかな、と思う、

「あなたの感じ方はあなただけのもので 誰にも責める権利はない」

という言葉がある。序盤から折に触れ、色んな形で出てくる。

2巻で、「朝」が前にそう言ったじゃん!と言う場面があるんですが、
そこで「慎生」が言い返すそのくだりも最高に好き。
前述の言葉におっ?と思った方はぜひ読んでみてほしい。

人と長く一緒にいるのが苦手で、元気ー!ってタイプでは全くない。
そんな「慎生」は、ポジティブとは言い難い、だけど美しいたくさんの“希望”を「朝」に与える。

生きていくのに必要なのは、明るさやポジティブな精神じゃなかったんだ、と思う。
自分は何が大切で、何に傷ついて、感じたその気持ちをどう扱うのか。
それを知ることと、自分の機嫌をとる方法を獲得すること。

「慎生」が言葉にする信念や哲学
「慎生」が「慎生」らしく生きていること

この2つに救われる人は、とても多いのでは、と思う。

感想を書こうと思って、『違国日記』の読みは、「いこくにっき」でいいんだよな…?と確認していて、
表紙に書かれた英タイトルが、『journal with witch』であることに気づいた。
こちらは完全に「朝」の視点で、面白いなぁと思った。

「朝」は「慎生」に勧められ、日記を書くのだけど、
手が止まってしまった「朝」に、

書きたくないことは書かなくていい
ほんとうのことを書く必要もない

と言う。

誰もが、そんな風な日記をもてばいい、と思うと同時に、
私は誰かに、“ほんとうのことを書く必要もない”と言われたことはあっただろうか、と思う。
確か、なかった。
でも今、私も「慎生」にそう言ってもらったんだな、と、嬉しくなる。

ちなみに、LIFEのノーブルノートをめちゃくちゃ自由に使っていて、
これから先もずっと出てきてくれるんだろうな~と楽しみにしてる。

最後にすごくどうでもいい話なのですが、
コマの中の手書き文字がすごく好きで、
今回それが多いのでそんな所も好きポイントです。

万能なソースが3つものってて、玉ねぎ入りの簡単酢を買ってしまいました。

主軸は今回書いたような、「槙生」と「朝」がメインですが、
「槙生」の友人が出てくると、急に学生のようになる大人たち。
大人の友達同士のやりとりが沢山読めるの、とても楽しいです。
(「朝」はそれも、なんだか自分の知っている大人と違うと驚く)

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